どうしても文章が書けない時にすべきたった一つのこと




文章が書けない時というのが、どうしてもある。

体調不良だったり、気分が優れなかったり、書くことが思い付かない、理由はわからないが、どう足掻いても物理的に書くことができない、書く気になれない、という時である。

どうしても文章が書けない時には、いっそ書くのを止めてしまえ

文章が書けなくなったなら、先ずは様々な創作物に触れてみると良い。

小説でもラノベでも漫画でもアニメでも映画でも演劇でも音楽でもゲームでも何でも良い。

適当に、読んだり見たり聴いたり遊んだりして、思うままに過ごすのだ。

そうしている内、何かのアイディアが降りて来るということがある。

インスピレーションが湧いて出て、再び創作へと向かい合いたいと思う瞬間がやって来る。

もしもそうしてみても、やはりどうしても駄目だったというなら、そんな時にあなたがすべきことは、たった一つしか無い。

そう、〈文章を書くことを、止める〉ということである。

もういっそ、書くのを止めてしまえばいいのだ。

いや、ほんの少しでもいいから、自分は毎日文章を書かなければいけないんだ、日記代わりに書いているブログを、連載している小説の更新を、止めるわけにはいかないんだ、

自分の書き物を待ってくれている読者がいるんだ、絶対に書くのを休むわけにはいかないんだ、と言って憚らない志の高い者もいるだろう。それは誠に立派な心掛けである。見習いたい。

しかし自分は、時に書くことを自らに強要しない。書けない時は潔く諦めることにしている。人間なのだから、スランプに陥ることだってあるだろうと、自分を許してやる。

スランプ克服の法則 (PHP新書)

 

そうして散歩をしたり、食事をしたり、ただぼうっと空を眺めたり、他のやりたいことしたりしなかったり、無為にダラダラと過ごしたりする。そんなことをしている内に、また書きたいと思えるようになることがある。書きたいものが沸々と湧いて出ることがある。

もっと肩の力を抜いて、文章を書くことに向き合えば良い

文章を書くことには底知れぬ魅力があるし、何物にも代えがたく尊い行為だと思う。とても楽しい。しかし一方で、命を賭してまで取り組むべきほどの価値など無いとも思っている。

書きたい時にだけ書き、書きたくない時には書かない、そのくらい気楽に、軽々しく取り組めば良いのだ。風邪を引き四十度の熱を出してまで、睡眠時間を削って寿命を縮めてまで書いたりしなくても良い。

それで生計を立てている著名な作家の方々、売れっ子で次から次へと仕事が舞い込んでくるような物書き諸氏にとっては、そうも言ってられないのかもしれないが、

そもそも、生きるために文章を書いているはずなのに、その生きるための行為に殺されてしまっては本末転倒ではなかろうか。

書きたいものが湯水のように湧いて出る、書きたくないと思ったことなんて一度も無い、といったような天才文筆家であれば話は別だが、ほとんどの物書き諸氏は、書くという行為に辟易としたことがあるはずである。

僕は小説が書けない (角川文庫)

 

そんな時は無理せず、少し休んでみてはいかがだろうか。

小休止が、見えている景色を違って映すことがある。心の色を変じさせることがある。

いや、走り続けること、書き続けることに意味があるんだという考えにも同調したいし、すごくよくわかるのだけれども。

少なくとも自分は、書けない時には無理をしない。食欲が無い時には無理して食べないようにするのと似ているかもしれない。

書くことは自分にとっては生活の一部で、とても大切にしている尊い行為であるからこそ、である。

例えるならば、家族や親しい間柄の友人だからこそ適切な距離感を保って丁寧にコミュニケーションを取りたい、そんな風な感覚だ。

親しい友人にお茶に誘われた時、熱があるのに無理して出向いたら風邪を移してしまうかもしれないし、悪化して余計に迷惑をかけてしまうことだってあるだろう。



適切な距離感を保って、文章を書くことと付き合い続けよう

書くという行為は穏やかに見えて、実に苛烈だ。

著名な過去の作家たちの多くや現代に生きる物書き諸氏が、それによって健康を損ねさせているのをよく理解することができる。

だからこそ、自分はそれに上手に寄り添って、長く健やかなままで付き合っていきたいと思っているのだ。

付き合い方の節度さえ間違えなければ、書くという行為ほど素晴らしく、人間を豊かにすることはない。書くことは本来、人間を健やかにする行為のはずである。

だから自分がどうしても文章を書けない時には、それを楽しむことにした。

文章を書かない代わりに他の色々なことができるし、のんびりと過ごすことも出来る。

何より、文章を書けないことがあったおかげで、本項のような記事が書けたのだ。文章を書けなかったことが役に立つこともあるということである。ああ、文章が書けないことがあって本当に良かった。

あなたにも、文章を書けないことがあって良かったと、優しい気持ちで顧みることのできる日が必ず訪れるに違いない。

だから今は文章が書けないということを楽しもう。

いつかきっと、文章が書けなかった時の経験が役に立つことがあるはずだから。

(『小説が書きたくなる瞬間』)







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