走り続けるのも良いけれど、立ち止まってみるのも悪くないよ




立ち止まることなく、走り続けているという人がいるだろう。

休むことも、顧みることもなく、ただ前進すること、上昇することだけを見据えて動き続けているという人が。

走り続けることは確かに尊いが、休むことがもたらしてくれる物もある

例えば競技アスリートや、人気のミュージシャンなど、多忙な芸能人らを例に挙げるとイメージしやすい。もちろん一般的な勤め人の中にもそういった者がいるに違いない。

彼らの中には、この数年一度も休みを取っていないという者、毎日が分刻みのスケジュールで管理されているという者もいるのではないか。

それが普通の生活で、忙しくしていないといられない、

一日でも休んでしまうとこれまで培ってきた物が失われてしまうような気がする、罪悪感に駆られる、という者さえいるのではないだろうか。

確かに、走り続けることは尊い。

休まずに、何かに打ち込み続けるということは、例え結果が伴わなくとも、それだけで価値が生まれると言うことができるだろう。

いや、ほとんどの結実や成功は、走り続けることからでしか達成させることができないといっても言い過ぎではない。

しかし敢えて、〈たまには立ち止まって休んでみてはどうだろうか〉と、提案したい。

休むことの恩寵を、立ち止まることからもたらされる物もあるのだという真実を、説きたい。

働かずにふらふらしていた時期があったが、その時に経験したことは後になって役に立っている

自分は昔、ろくに仕事もせずにふらふらしていた時期があった。

起きたい時間に起き、特段予定も立てずに、気分次第で出掛けたい場所へ出掛ける。

街を歩き、眺めたい景色を眺め、入りたい店へ入り、したいことをして、腹が減ったら食べたいものを食べたりし、そうして好きなように一日を過ごす。

もちろん、出掛けたくない時には出掛けなくて良い。

家に籠って本を読んだり、音楽を聴いたり、テレビゲームに興じたりして過ごす。

気の向くままに、自由に、何物にも捕らわれることなく、身体と心とが求めるままに暮らして過ごすのだ。

そうしていたのは、何も二日や三日のことではない。もう二か月も三か月も、そんな風にして過ごしたりしていた。

しかもそういう暮らしをしていた時期は一回きりでなかった。

もう三度か四度、主に仕事を変えるタイミングでそんなことをして過ごしてきていた。

聞く人が聞いたなら、どうしようもないやつだな、ただのロクデナシじゃないか、と思うだろう。まあそれは否定しない。

しかし自分にとっては、そういった時期が必要だった。

心と身体とを休ませ、精神や感覚の健全を保って維持させるのに、それは無くてはならないものだった。

心と身体とを濯ぎ洗って、清らかな潤いで湛えさせるのに、それは大いに役立ったのだ。

そういった時期に見た美しい風景、街並みの色や匂い、

食べたもの、聴いた音楽、過ごしながら考えたことや感じたこと、出会った人――それらは今も鮮明に脳裏へと焼き付いて残り、

折に触れては思い起こされて、自分をあたたかく優しい気持ちにさせてくれる。

例えば自分は今、文章を書くという行為を日々の営みとしているが、そういった経験はそれに大きく貢献している。

その時期に見た景色や聴いた音楽、感じたことや考えたことが、自分の精神や感性を形作って、書くものへと反映させられているのだ。

創作すること、表現することに、立ち止まること、休憩を取ることが、大いに役立っているのだ。

走り続けること、手や足を止めないで動き続けることでなくとも、人間を成長させたり成功に導いたりすることはできるのだ。



立ち止まり、振り返ってから見る後ろ側の景色が、素晴らしいものかもしれない

前だけを見据えて走り続けている者が風景画を描こうとしたら、前方にある景色の絵しか描くことができない。

もちろん、走り続けていれば風景は変わっていくから、様々な絵が描けるのだとは思うが、それでも描けるのは前方に現れる景色だけだ。

自分の右側や左側に広がっている景色、あるいは、立ち止まって振り返ることでしか見ることができない後ろ側の景色は、描くことができないのだ。

もしかしたら、前方に現れる景色よりも右側や左側に広がっている景色、

立ち止まって振り返ることでしか見ることができない後ろ側の景色の方が、美しいかもしれない。より素晴らしいものかもしれない。

しかし走り続けることを止めない者は、それに気付くことすらできないのだ。

前方に現れて見える景色だけが美しいのだと信じて疑わない。

だから自分は、振り返って見る後ろ側の景色もまた美しいのだということを知ってもらいたい。

立ち止まってからでないと見ることができない素晴らしい景色もあるのだと、理解して欲しい。

立ち止まってみること、休みながらただ無為に過ごすということの有意義を、知ってもらう必要があると感じたのだ。

走り続けることこそが正義だとして、しかしそのせいで疲弊し、心の健全を損ねさせている者があまりに多いと感じていたのだ。

休むこと、立ち止まることを恐れないで

だからもしも今あなたが休むことなく走り続けていて、それなのに良い結果が出ない、成功が見込めないと感じていたなら、

あるいは疲れ果ててしまった、もう走ることなどできないと思っていたら、このまま走り続けるのが正しいやり方なのかと疑問を抱えていたら、

恐れずに、立ち止まって休んでみるということをしてみて欲しい。

勇気を出して立ち止まって休んでみた時、初めてあなたの目へと映し出されて見えるその風景は、素晴らしく美しく輝かしいものであるに違いないから。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です