L’Arc〜en〜Cielの神曲たち――ラルクアンシエルの名曲ランキングベスト13・後編

さて、〈L’Arc〜en〜Cielの神曲たち――ラルクアンシエルの名曲ランキングベスト13〉も、後編を迎える。

当記事に来訪したのが最初で、前編の方には目を通していないという人がいたなら、下記リンクから辿って閲覧してみて欲しい。

それでは早速、

ポピュラーにしてアヴァンギャルド、

幻想的にして理性的、孤高にして普遍な、

めくるめく〈L’Arc〜en〜Ciel〉の世界を、後編も楽しんでいって欲しい。




第6位『forbidden lover』――6thアルバム『ark』収録

ランキングの後編、その初っ端を飾るのは、

1998年に、〈シングルニ週連続リリース〉の二作目として発表された『forbidden lover』だ。

『forbidden lover』はken氏作曲のスローバラードで、

『ray』と共に二枚同時リリースされたアルバム『ark』のド頭、第1曲目として収録されている。

荒涼とした不毛の地を往く列車の走行音のようなイントロが流れ出し、その哀しい物語の緞帳は開かされる。

どこまでも静かに、暗く、冷たいメロディへと乗せて歌われるのは、悲劇の渦中に呑まれて免れることができない、ある禁断の愛の模様だ。

 

あぁ凍える暗い海へ

流されてゆく歴史の波にのまれ

 

やがて幕は上がり

儚い夢を連れて争いに火をつける

 

いつの日に見失った心は 繰り返す忘れ去られた罪を

あやまちを育てその汚れた愛で 瓦礫に築く楽園

 

forbidden lover…淡い記憶

強く抱いても重なり合えぬ色彩

息をひそめ誓う

甘い恋の果ては予期せぬ時の悪戯

 

燃え上がる炎に取り囲まれ 崩れゆく船に命つかまれ

怯えた瞳は天を仰いで 叫ぶ神の名を

 

――その愛の道行きは切り拓かれていなく、流氷の海を往く船のようだ。

それが禁断の愛であると、過(あやま)ちであると、知りながらも、

二人は愛を育んでゆくことを止められない。それはまるで瓦礫の上に楽園を築いて営むみたいに、背徳的な行為。

どれだけ愛し合い、抱き締め合っても、

二人は、真の意味では混ざり合うことはできない。結ばれることが無い。それぞれが置かれている立ち位置、身分の間には、絶対的な隔絶があるのだ。

二人は世界に巻き起こった動乱の渦にのまれ、その愛は無残にも引き裂かれる。

翻弄され、絶望し、神の名を叫んで運命の残酷さを呪ってみても、決して救いの手は差し伸べられない――

 

空高く舞い上がれこの心 渦巻いた悪い夢より高く

解き放つ貴方へのこの想い 遠い地へ輝きを放って

新たなる国に やがて来る日にも

同じ道をまた通るだろうか

 

――隔絶させられてしまった二人の愛。

どこか遠い地にいるはずのあなた――禁断の恋人へと、想いを馳せる。

動乱に蹂躙される大地も、暗く冷たい海原も、人々の愚かしい思惑も、すべて越えて、

あなたの元へと愛が届くよう、希(こいねが)う。

彼女は祈り捧げるが、

もしもこの動乱が治まって、平穏が訪れた後の世界でも、

人々は再び、奪い合い、傷付け合おうとするのだろうか。罪深い歴史を繰り返すことから逃れられないのだろうかと、

その愚か、哀しみに嘆き、虚しく立ち尽くす――

第5位『死の灰』――7thアルバム『ray』収録

第5位の『死の灰』は、『ark』と共に同時発売された7thアルバム『ray』の、第1曲目として収録されている。

硬質で刺々しい『ray』の世界へと誘い、導く、そのイントロのメロディは頽廃的で、どこか不穏だ。

一聴してみたところでは、ken氏の作曲した楽曲に違いないという印象を植え付けられたのだが、

いざクレジットを確認してみれば、作曲したのがtetsuya氏だというから驚かされた。

……と言うのも、二人の作る楽曲の雰囲気は好対照を成していて、

頽廃的な雰囲気を纏う楽曲や、哀愁を誘う物悲しいメロディの楽曲を得意としているken氏、

ポップで耳馴染みの良い楽曲、アップテンポで捲し立てるような楽曲を得意としているtetsuya氏

――といったイメージを抱いていたのは、なにも自分だけではないと思う。

同様の思い違いは、両A面シングルである『NEO UNIVERSE』と『finale』の2曲においても発生させられた。

自分は、前述した先入観から、

『NEO UNIVERSE』がtetsuya氏の作曲、

『finale』がken氏の作曲だと、

決めてかかっていたのだが、実際には反対、つまり、

『NEO UNIVERSE』がken氏の作曲、

『finale』がtetsuya氏の作曲だったのだ。

ファンの予想を裏切るようにと、両氏が画策して作曲したわけでもあるまいが、いずれにしても、

ファンの抱いているイメージを覆し、常に大衆の想定を裏切っていくような立ち回りをする〈L’Arc〜en〜Ciel〉の非凡、あるいはその天邪鬼ぶりを、象徴しているようだ。

さて、歌詞の方へと目を向けてみよう。

『死の灰』が収録されている『ray』がリリースされたのは1999年、世間は、

〈1999年7の月、恐怖の大王によって人類が滅亡させられる〉

――という、〈ノストラダムスの大予言〉において言及されている期日が迫っていることで浮足立ち、話題は持ち切りだった。

hyde氏は、そんな世情の滑稽、熱に浮かされる大衆の愚かを逆手にとって、詩にしたためる――

 

Desperate あがいてみればいい

無数の異なる神より最後に選ばれし者

廃墟で王の座を狙っているのかい?

 

――人類が滅亡するその時を迎えるという絶望的な状況下。

それでも生き残りたいというなら、あがけるだけあがいてみればいいさ。

種々様々な宗教や思想、価値観、考え方が、

それぞれの神を掲げ、信奉を強(し)い、

どう生き営んだなら救済されるかを訓え説いている。

仮にその中からある一つの宗教や思想が選ばれて、その信者が救済されたとしても、

彼らが王として君臨し支配する世界には、もう他に誰もいない。

滅亡して、他に誰もいない廃墟だらけになった世界の支配者になることに、果たしてどれだけの意味があるのかい?――

 

Destruct どれを信じる?

麻酔とお前があればいい

未来は誰の元にも平等に襲い掛かるのさ例外なく

 

――君はどの宗教や思想を信じるんだい?

どうせ絶望的な未来は、すべての人に平等に訪れて、世界は滅亡するんだ。それならば僕は、いっそ何も信じずに、

少しだけ痛みを和らげてくれるような薬と、

自分にとっての大切な何か一つさえあればそれで良いのさ――

 

夢のように君を導く輝きが降り注けばいいけど…

死の灰か何か? 運命の時に救われるか賭けようぜ

最後に笑うのは誰か

 

――君の選んだ宗教・思想が〈当たり〉で、

輝きが降り注ぐように、君だけを救済して生き延びさせてくれたならば良いけど、果たしてそんな都合の良いことがあるのかな?

宗教・思想に縋って、それを拠り所にして生きる君と、

何も信奉せずに、無頓着でいる僕の、

果たして最後にどちらが救済されるか、賭けようぜ?――

 

行くあてもないなら尋ねようか

天国でも真赤な薔薇を持って

 

――どうせ僕には行きたい場所も無いし、

生き続けなければいけない理由も無い。

それならばいっそ死んで、天国でも訪れてみるよ。他に何も持たず、真っ赤な薔薇の花束一つだけ持ってね――

 

夢を見た所でどうせ枯れた地で繰り返してくだけさ

死の灰か何か?君だけがうまく奇跡を手に入れて

死の灰か何か?運命の時に救われるか賭けようぜ

最後に笑うのは誰か

最後に笑うのは誰か

 

――仮に君だけが救済されて、未来を手に入れたとしても、

その地でまた、他人を出し抜こうとすることを繰り返していくんだろ? 愚かだね。

さあ、運命の瞬間が近付いて来たよ。

君と僕、そしてその他のすべての人たちの中で、

たった一握り、救済されるのは一体誰なんだろう。

誰が救済されるのか賭けよう。最後に笑うのは誰か――

第4位『All Dead』――2ndアルバム『Tierra』収録

第4位の『All Dead』は、2ndアルバムである『Tierra』の、第2曲目として収録されている。

作詞・作曲共にhyde氏が手掛けた、イントロを聴いた瞬間テンションがぶち上がるアッパーチューンだ。

空へと放つようどこまでも伸びやかに、気持ち良さそうに歌い上げられるサビの部分が特に強く印象に残る。

hyde氏作の楽曲の中には、『All Dead』同様、長く声を伸ばす部分がある物が多いように思う

(同じ『Tierra』の1曲目に収録された『In The Air』や、

〈VAMPS〉の『EVANESCENT』など)。

これはhyde氏自身が、声を長く伸ばす歌唱法を好み、歌っていて気持ちが良いからなのではないかと想像する。

さて『All Dead』の歌詞の方へと目を向けてみれば、空へと放つように開放的なメロディとは対照的に、ネガティブなワードが並べられている――

 

It’s time to fall

It’s time to say goodbye

I wish you’re gone

I wish you’re all dead

消えない想い

 

――もう終わりの時間だ

もうサヨナラを言う時間だ

あなたには消え去って欲しい

あなたのすべてには死んで無くなって欲しい

――と、歌詞の主人公は、執拗に〈あなた〉を排斥しようとしている。

それほどまでに、彼(彼女)にとって〈あなた〉は、忌避すべき存在なのだろう。

検索すると、この『All Dead』の歌詞は、

hyde氏が、破局に至ったかつての恋人の心情を想像して書いた物だという説がある。

つまりhyde氏の恋人が、別れに際して、hyde氏に対してこういう風に思っているんじゃないかというのを想像して書いたというのだ。

〈あなた(hyde氏)には消え去って欲しい〉

〈あなた(hyde氏)のすべてには死んで無くなって欲しい〉

――という風に思われていると、想像しているというのだから、

hyde氏はその彼女に対して、よほど酷い仕打ちをしたという自覚があるのだろう。

その後も、

 

同じ傷跡をつけ同じ苦痛を

彼にも与えてあげたい

抜け出せない悪夢を今すぐ

彼にも与えてあげたい

狂いそうな恐怖を何度も

 

――とか

 

自由を奪った貴方に

少しも消えない痛みは

いつまで続くのか教えて

少しも消えない殺意に

悩まされていると伝えて

 

――とか歌われるわけだが、

翻って殺意を覚えさせるほどに、かつてhyde氏は彼女に愛されていたのだろう。

しかし些細なことを契機として、人を想う気持ちには不備が生じるし、その関係性は破綻する。

いつだって愛憎は表裏一体というわけである。

この『All Dead』、

辛辣な文言を吐いて捨てる歌詞といい、

伸びやかで開放的なメロディといい、

歌っていて気持ちの良い佳曲なのであるにもかかわらず、

1995年頃を最後にライブでは長らく演奏させられていなかった。

しかし、2006年に行われた〈15th L’Anniversary Live〉において久しぶりに演奏され、楽曲の認知度が上がったように思う。

〈15th L’Anniversary Live〉においてセットリストとして挙げられたのは、ken氏がリクエストしたためであり、

ken氏は『All Dead』が好きで、ライブのたび演(や)りたいと思っていたのだが、なかなか言い出せずに結局15周年の年にまでなってしまったのだと言う。

これにはken氏に「よくぞ言ってくれました!」と、感謝するばかりだ。

『All Dead』はhyde氏作の楽曲だが、

自分はken氏の作った楽曲が一番好きだから、

自分の好きな作曲者であるken氏が、自分と同じく『All Dead』を好きだったことが嬉しかった。

独りよがりだとしても、自分とken氏とが好むメロディ、琴線に触れる旋律は、似ているのに違いないと、思い込むのを止められない。

そして〈15th L’Anniversary Live〉で演奏されたこともあってか、

『All Dead』はその後、〈JACK IN THE BOX 2008〉においても演奏された。

〈JACK IN THE BOX 2008〉は、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉が所属する事務所のアーティストが中心となって出演するライブイベントで、

『All Dead』は〈ムック〉のミヤ氏や〈シド〉の明希氏らと共に、hyde氏によってパフォーマンスされた。

これによって『All Dead』の良さが、また少し多くの人へと伝わったのではないかと思う。

余談だが、〈JACK IN THE BOX 2008〉の前の年に行われた、〈JACK IN THE BOX 2007〉では、

hyde氏が〈GLAY〉の『誘惑』を、

TERU氏が〈L’Arc〜en〜Ciel〉の『HONEY』を歌うという、

1998年頃の音楽シーンを知る者からすると、信じられないようなセッションが繰り広げられ、ファンを熱狂の渦へと巻き込んだのも記憶に新しい

(とは言っても、それももう10年以上前の話である)。

第3位『Singin’in the Rain』――5thアルバム『HEART』収録

第3位の『Singin’in the Rain』は、5thアルバム『HEART』の、第3曲目として収録されている。

第4位の『All Dead』同様、作詞・作曲共に手掛けたのはhyde氏だ。

楽曲タイトルは、

映画『Singin’in the Rain』(邦題『雨に唄えば』)からの引用であり、

曲調も、雨の降る日に窓際で外の景色を眺めながら、ただぼんやりと聴いていたくなるような、気怠さと切なさとを湛えさせた雰囲気に仕上がっている。

アスファルトへと落ちて跳ね、歌うように奏でる雨音を表現したken氏のギターソロも素晴らしい。

ライブではほとんど演奏されなかった曲であり、1998年の『ハートに火を付けろ!』でただ一度演奏されただけであるという情報もある。

これは『Singin’in the Rain』が、ライブで盛り上がるためにあるような曲ではなく、

部屋で一人、物思いに耽りながら聴くような性質の楽曲であるから、あえてライブのセットリストには加えないようにしているのかもしれない。

非常に良い曲なのでちょっともったいない気もするが、〈L’Arc〜en〜Ciel〉らしい判断であるとも思う。

 

静かな雨音が心地よく弾んで

口ずさめば街に君を想うよ

あぁいつもの道は傘にゆれる

色とりどりに華やいで

 

あいもかわらず僕は山積みの問題を

抱え込んだままで駆け回ってるよ

ふと立ち止まって見上げた空は

あぁひとつひとつ雫がきらめいて

 

いつまでも降りつづけ心へ

君の好きだった雨に優しく包まれて

素敵な歌は今でも流れてくるよ

I’m just singin’in the rain…with you

 

遠回りするたびため息ついてたね

そんなやり方しかできないみたいさ

そう雨やどりしていたね君に

あぁこんな日には時間がよみがえる

 

いつまでも降りつづけ心へ

君の好きだった雨に優しく包まれて

素敵な歌は今でも流れてくるよ

I’m just singin’in the rain…with you

いつまでも降りつづけ心へ

君の好きだった雨に優しく包まれて

ずっとずっとやまないで

つれだしていたいよ

もっともっとやまないで

だきよせていたいよ

…心が枯れないように

 

――雨の降る日、僕は街を歩きながら君を想う。君は今頃何してるかな?

僕だったら相変わらずせわしない生活に追われて、毎日を過ごしているよ。

僕は要領が悪かったから、不器用な僕の生き方を見て君はいつもうんざりしていたね。

雨やどりするみたいにして、僕は君の優しさに甘えていたのかもしれない。

ふと立ち止まって空を見上げてみれば、雨の雫がきらきらきらめいて綺麗だな。

雨の降る日は君を思い出す。

雨がいつまでも僕の心に降りつづいたならいいのに。

君の好きだった雨だから、僕は濡れても構いやしないさ。

君と聴いていたあの歌が、今でも僕の心の中に流れてるんだ。

雨に包まれながら、君の好きだったあの歌を歌って、

僕は君と一緒にいる。

君がいなくなってしまった悲しみをすすぎ流すように、

雨よどうかやまないで欲しい。

いつまでも僕の心へと降りつづけて、君と一緒にいさせてほしい……

第2位『Lies and Truth』――4thアルバム『True』収録

第2位の『Lies and Truth』は、4thアルバム『True』の、第7曲目として収録されている。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉の6枚目のシングルであり

(シングルで発表された物とアルバムに収録された物とではヴァージョンが異なる)、

sakura氏が在籍していた時代の最後のシングル曲でもある。

(『Lies and Truth』は57:40から)

上記動画はご覧いただけたであろうか。

……なんだこの絶世の美少年は。美しいにもほどがある。

美しい男を表現する際、

〈少女漫画の中から飛び出して来たような〉、

と形容されることがあるが、この頃のhyde氏は、正にその表現がふさわしい。

いや、現実世界に生きる人間であるにもかかわらず、

〈少女漫画に出てくる美少年〉よりも、

〈少女漫画に出てくる美少年〉みたいなルックスをしている。

この頃のhyde氏になら抱かれても良い。いや、抱いてください。

hyde氏は実に戦略的に、自身のビジュアルを変遷させていて、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉が大きく、メジャーになっていくにつれ、

髪の長さも少しずつ短くしていった。

シングル曲で言うと、

『flower』『Lies and Truth』『虹』『winter fall』『DIVE TO BLUE』

あたりまでの期間、概ねこの髪の長さをキープしており、

hyde氏史上最も〈美少年感〉の極まっていた時期である。

語弊のある表現になってしまうかもしれないが、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉が、よりメジャーになるため、より多くの人気を獲得するために、

〈アーティスト〉から、〈アイドル〉的なイメージへと、あえて変遷させていったような節がある。

前シングル『flower』がスマッシュヒットしていた〈L’Arc〜en〜Ciel〉は、この時期すでに〈大ブレイク〉寸前

(中ブレイクぐらいはしていたように思う)、

人気は加速度的に高まってきており、この『Lies and Truth』と、後に発売される4thアルバム『True』をもって、

来たるべき瞬間――〈大ブレイク〉への布石を、周到に打ち並べていたような時期だった。

しかし、『Lies and Truth』の発売から3か月後、

旧来からのファンならば誰もが知る、そして忘れることのできない、あの事件が起きてしまう。

当時のドラマーであるsakura氏が、覚せい剤取締法違反で逮捕されたのである。

CDや写真集など、あらゆる商品は出荷停止に至り、

『True』からのシングルカットを予定されていた『the Fourth Avenue Cafe』も発売中止、〈L’Arc〜en〜Ciel〉は活動休止を余儀なくされた。

当該事件について、様々な意見、想いが、ファンそれぞれの心中にあることだろう。

しかしあえて言おう。

この事件――sakura氏の逮捕によって活動休止に至らせられるというこの出来事は、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉というバンドにとっては、必要な出来事だった。

結果的に見て、この出来事が〈L’Arc〜en〜Ciel〉を一回りも二回りも大きくさせたと思うし、

より強くしなやかに飛躍するための、希少な経験をメンバーへと積み上げさせた。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉というバンドを劇的に、その歴史をよりドラマティックに彩った。

そして何より、この事件が無ければ、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉がyukihiro氏に出会うことは無かったし、

バンド名を冠した渾身の名曲、『虹』は誕生しなかった。

『虹』という楽曲には、残されたメンバー3人の様々な想いが込められている。

hyde氏は言う。

『虹』の歌詞へと込め、伝えようとしたのは、

〈日差しに出ること〉。

いつまでも落ち込んでばかりいられない、籠ってばかりいられないと、

前を向いて再び翔け上がり、空高くにまで昇り詰めることを憚らずに宣誓したのが、『虹』という楽曲なのだ。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉は負けなかった。

いっそう強(したた)かに、クレバーになって帰って来たのである。

それがまるで運命であったかのように受け容れ、そして乗り越えた。

sakura氏の犯してしまった過ちは、もちろん、社会的に見れば許されることではないが、

過剰に糾弾して貶めるべきことでもない。

むしろsakura氏は、〈L’Arc〜en〜Ciel〉がより高く飛躍するためのチャンスを与えてくれたと、考えるべきだろう。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉史上6人目のメンバーであるsakura氏が、その身を捧げ、最後の犠牲者となることで、

7人目のメンバーyukihiro氏を迎え、〈L’Arc〜en〜Ciel〉は最終形態へと至ることができたのである。

sakura氏もyukihiro氏も、きっとそれぞれの理由で批判を受けたに違いない。

しかしyukihiro氏はもちろんのこと、sakura氏も、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉を形作るピースのひとかけらなのだ。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉を彩る七色の内の一色なのだ。

だから当該事件は、〈L’Arc〜en〜Ciel〉にとっては必要な物であったと、前向きに受け容れられるべきである。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉の長い歴史の中の、飛躍の為のワンシーンであったと、認識するべきなのである。

『Lies and Truth』という楽曲が、特に魅力的に感じられるのは、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉にとって苦々しくも忘れることのできない、そんな過去の出来事とリンクして、ドラマティックに演出させられているからなのかもしれない。

その歌詞は、〈嘘〉に囚われた恋人の実像を追い求めても叶わない、悲しい主人公の視点で描かれている――

 

君が見えなくて 見えなくて

何度も呼びかけるよ

この夜に迷ってしまう

 

君に眠る支配者は今も無口のままのLies

軽い微熱 陽炎のように

ゆらめいて離れない

 

Ah 少しまだ震えてる傷口にそっと触れてみた

 

君が見えなくて 見えなくて

何度も呼びかけるよ

こんなにそばにいるのに 会いたくて 止められなくて

壊れそうなほど抱きしめていても

君が届かない

 

――君は嘘に支配されていて、その実像に迫ることができない。

君が何を考えているのか、君が本当はどんな気持ちなのか、僕にはわからない。

一体何にそんなにおびえているのか、

君をそんな風にさせてしまった、過去に付けられた悲しい傷跡を、

癒してやりたくて、そっと触れてみる。

君の名を何度呼び掛けても、

君のことをどんなに強く抱き締めても、

本当の君の心を知ることはできないし、

本当の君の姿は見ることができない……

――と、素直に解釈してみれば、

嘘に支配されてしまった恋人に対する心情が綴られた、悲しい恋の歌だが、

しかし一方で、

hyde氏が、覚醒剤に苛まれ、見えないSOSを発信しているsakura氏に対して抱いている心情を描いた物としても、捉えることができるのではないか。

もちろんhyde氏と、その他のメンバーとが、sakura氏の行いを知り得ているはずもなく、ありえない解釈ではあるのだが、

当時のシチュエーションと、『Lies and Truth』の歌詞の内容とは、不思議なリンクを垣間見せているとは思わないだろうか。

hyde氏が何かのインタビューで、

「sakuraの、心の弱い部分に気付いてやれなかった」

と、悔恨の念があったことを吐露しているのが、それを裏付けているのではあるまいか。

薬物の影響かどうかはともかくとして、

sakura氏はどこか、挙動がエキセントリックで、

何を考えているのかわからない雰囲気を醸していた(しかしそれがとてもカッコ良かった)。

四人の中では一番、アーティスティックで近寄りがたいオーラを纏っていたと思う。

そんなsakura氏だったから、メンバーも過剰な干渉はしないようにしていたと思うし、

まさか薬物に囚われ、やめることができずに苛まれていたとは気付かなかったろう。

『Lies and Truth』は、そんな、

実像の見えないsakura氏のことを慮ってしたためられた歌詞だと、解釈することも出来るのではないだろうか。

sakura氏が何を考えていたか、その目に何を映していたかということについては、

『True』に収録されている、『”good-morning Hide”』の歌詞から、その一端を垣間見ることができる。

『”good-morning Hide”』は、『Tierra』収録の『Inner Core』と共に、

たった2曲だけあるsakura氏の手掛けた楽曲であり、全編英語詞の歌である。ブックレットにはその日本語訳も掲載させられていた。

 

君に見える景色
僕には簡単に理解出来る
僕の景色と一緒のはずだから
何故 彼等その様なやり方で疲れないのだろう
僕ならちがうやり方をする
こうすればいいんだ

目覚めたときが朝の始まりとすれば
今尚 朝は続いているはず
夜など今の僕には必要ない
この場所を定義するのは不可能だ
ある付加価値を除いて
全ては必要ないから

僕と君との見る方向は一緒だから
一緒に見える景色は変わることはない

君に見える景色
僕には簡単に理解出来る
僕の景色と一緒のはずだから
彼等に見える景色
僕の景色とはちがっている
僕はちがうやり方をするから
こうすればいいんだ

朝はまだ続いていたようだ
どれだけ時間が経とうと朝は続く
僕には彼等は夜をいつまでも
続けているように見える
今の君に夜は必要ない

朝が終わる頃には
僕の行為は調和のとれたものになる…

君に見える景色
僕には簡単に理解出来る
僕の景色と同じはずだから
彼等に見える景色
僕の景色とはちがっている
僕はちがうやり方をしている
全ては朝が隠していた

何故 君は教えてくれなかった?
君には認識出来なかったのか?
一体、君の景色は何処にある?
何故 初期微動はここに無い?
何故 肯定と否定を繰り返す?
僕にはその様なことは出来ない
僕のやり方でいいはずだ

「そう、全ては仮想で成り立つ」
「しかし、現実がここにある」

僕にはその様なことは出来なかった
僕のやり方でもすればよかったのに…

 

――難解極まりないが、実に興味深い歌詞でもある。

特に印象的なのが、

〈朝が来る頃には 僕の行為は調和のとれたものになる…〉

という一節と、

〈「そう、すべては仮想で成り立つ」〉

という一節だ。

薬物使用の有無はともかくとして、sakura氏にはやはり常人とは違う景色が見えていたのかもしれない。

そして『Lies and Truth』のミュージックビデオでは、

後に起こる悲劇を予言するような不穏なシーンが登場している。

ミュージックビデオ後半で、sakura氏が炎に巻かれて燃えてしまうという、ショッキングなシーンが登場するのだ。

どういった意図でそのシーンが作成されたのか、

なぜsakura氏がその役回りを任されることになったのかは解らないが、

事件発覚後に見たならば、

〈後に逮捕され、〈L’Arc〜en〜Ciel〉を脱退することになるsakura氏の運命を暗示している……〉

と、誰もが深読みしたくなる、極めて不穏かつ不気味なシーンだ。

『Lies and Truth』のミュージックビデオは、下記DVDに収録されているので、是非その目で確かめてみて欲しい。

他にも、『True』のブックレットではsakura氏のページだけモノクロで、

そのデザインも、

〈テレビモニターに映し出されているsakura氏の顔に黒く大きな斜線が入っている〉

……といった不穏な物だったりして、

sakura氏にやがて訪れる悲劇を示唆するような表現が、いくつかの媒体から散見されるのが、なんだか酷く薄気味悪い。

まさか周囲に、sakura氏が薬物に手を染めていることを知り得ている者がいて、

その者の差し金によって、いくつかの表現がsakura氏の未来を暗示する物にさせられたのではあるまい。

その他にも、sakura氏の逮捕1か月前、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉が音楽番組『うたばん』に出演し、

〈ロックミュージシャンはシンナーを吸っている〉

という話題が出た際、

偶然なのかどうか、sakura氏の顔がカメラに抜かれ、何とも言えない表情を作ってしまっている、

という、後になって見ると笑えない出来事もあった。

いやしかし、この頃のsakura氏と〈L’Arc〜en〜Ciel〉の周辺状況についてを、色々と邪推して詮索してしまうのは止められない。

それだけ当該事件は印象深く、非常に興味深い出来事だった。

『Lies and Truth』は、

そんなバンド史に残る最大事件、センセーショナルなドラマを彩って奏でるBGMであり、

〈L’Arc〜en〜Ciel〉の抱えている運命と悲哀の色を多分に孕ませた、象徴的な楽曲なのだ。

第1位『metropolis』――8thシングル『winter fall』カップリング曲

さて長かった当ランキングも、ようやく最後の時を迎える。

栄えある第1位に輝いたのは、8thシングル『winter fall』のB面曲としてカップリング収録された『metropolis』である。

作曲はken氏、作詞はhyde氏。

この曲は、とかくその淫靡な歌詞が注目されがちだが、

自分は、『metropolis』の最も魅力的な部分はそこではないと思っている。

すなわち『metropolis』の最も魅力的な部分とは、

人間と同じように心を持ってしまったアンドロイドの恋心、

その哀しく切ないストーリーを描いて表現した詞とメロディなのである。

せっかくの第1位なので、この曲についてはもうぐだぐだと説明することはしない。

歌詞だけを掲載しておくので、

美しくも哀しいそのメロディへとただ身を委ね、

そこから想起させられる切ないラブストーリーを思い浮かべながら、聴いてみて欲しい。

 

アンドロイドの眠りをさまたげないで

愛を見てみたくて

幾千の星降る夜空の下で踊りつづけている

 

みだらに求め合う

堕ちゆく摩天楼

舌先しめらせて

妖しくあえいだ

 

アンドロイドの眠りをさまたげないで

夢を夢見たくて

造られた心を重ね合わせる

嘘でもいかせてみて

 

この夜に渦巻く傍観者よ この指とまれ

 

破滅は窓の外

震える快楽に溺れて

今にも溢れそうな

性器を癒して

 

アンドロイドの眠りをさまたげないで

愛を見てみたくて

幾千の星降る夜空の下で

踊りつづけている

 

アンドロイドの眠りをさまたげないで

夢を夢見たくて

燃える炎絶やさないように抱き寄せ

…何度も…何度も…

あぁ造られた心を重ね合わせる――

 

――楽しんでいただけただろうか。

いやしかし、〈L’Arc〜en〜Ciel〉ほど長く活動しているバンドの楽曲群の中から、たった13曲を選び抜くのは非常に苦慮した。

他にもランキング入りさせたかった曲はいっぱいあって、

例えば自分は『Floods of tears』も好きだし、『Dune』も好きだし、『As if in a dream』も好きだし、『Wind of Gold』も好きだし、『Blurry Eyes』も好きだし、『風の行方』も好きだし、『Secret Signs』も好きだし、『夏の憂鬱』も好きだし、『Cureless』も好きだし、『Caress of Venus』も好きだし、『Round and Round』も好きだし、『”good-morning Hide”』も好きだし、『LORELEY』も好きだし、『Promised land』も好きだし、『fate』も好きだし、『Cradle』も好きだし、『Butterfly’s Sleep』も好きだし、『花葬』も好きだし、『浸食~loose control~』も好きだし、『いばらの涙』も好きだし、『THE NEPENTHES』も好きだし、『finale』も好きだし、『ROUTE 666』も好きだし、『a silent letter』も好きだし、『Anemone』も好きだし、『接吻』も好きだし、『Lover Boy』も好きだし、『Coming Closer』も好きだし、『LOST HEAVEN』も好きだし、『Killing Me』も好きだし、『AS ONE』も好きだし、『EXISTENCE』も好きだし、『Pretty girl』も好きだし、『ALONE EN LA VIDA』も好きだし、『DAYBREAK’S BELL』も好きだし、『Hurry Xmas』も好きだし、『CHASE』も好きだし、『XXX』も好きだし、『BLESS』も好きだし、『DRINK IT DOWN』も好きだし、『Wings Flap』も好きだし、『Don’t be Afraid』も好きだ(笑)

しかし面白い物で、好きな曲の傾向というのは、季節が移ろい、年齢を重ねてゆくごとに変化してゆく。

例えば若い頃は、『HEAVEN’S DRIVE』とか『Driver’s High』とか、わかりやすいヒットシングルが大好きだったのだが、

その辺りの、いわゆる〈大ブレイク期〉の、わかりやすいヒットナンバーは、

聴きすぎて今ではもう飽きてしまい、あまり聴かなくなったというのが正直なところではある。

現在では『forbidden lover』とか『真実と幻想と』みたいな、じっくりと聴かせて徐々に昂らせるような曲の方が身体に馴染んで、聴いていて心地良い。

あなたの好きな楽曲はランキング入りしていただろうか。

振り返って見れば、

13曲中、シングルA面曲がたった3曲という、捻くれた嗜好と感性によって仕立て上げられたランキングだから、

きっとあなたの好きな曲は入っていなかっただろう(笑)

しかしそれこそが、万華鏡のように見るたび変化する〈L’Arc〜en〜Ciel〉の魅力、

一筋縄では解析できない、その光彩の多様性を、如実に表しているのではなかろうか。

100人のファンがいれば、100通りの愛し方があって良い。

〈L’Arc〜en〜Ciel〉は正に〈虹〉――その輝きの七色の、どの色を好きになるのも、各人の自由なのだ。




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